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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(オ)645号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔要旨〕売買契約において、目的物の価格は時価を標準として、当事者協議して決定する旨定めた場合においては、当事者間にその価格の協議が調わない限り売買契約は成立しない。

〔説明〕私は本判決の当否は疑問であると思う。売買契約において「価格は時価を標準として当事者協議の上定める」とした場合は、その価格については、一応時価を標準として当事者において協議決定するが、その協議が調わなかつた場合は時価を基準として自ら客観的に妥当とされる価格をもつて売価とする趣であると解するのが、当事者の意思解釈として合理的な解釈であろうと考える。抑々法律行為の解釈に当つては、なるべく内容の有効、可能なように解すべきが原則である。売価を当事者の協議によつて決定すると定めた場合においても、その協議の成立しない限り売買そのものが成立せずまたはその売買が無効であるとするが如きは、法律行為の解釈に関する右の原則を無視するものであつて賛成し難い。殊に本件においては、「時価を標準として」当事者が協議決定することになつているのであつて、価格決定については一応の基準が設定されているのであるから、その具体的な額についての当事者の一致がなくともその額の決定が不可能であるとは必ずしもいえない。もしこれを本判決の如く、「当事者の協議が調わない限り売買は成立しない」と解するときは、売買の成立を欲しない当事者の一方的意思によりたやすく売買の成立を阻止され、極めて不公正な結果を容認せざるをえないことになるであろう。

本件は木炭の売買契約に関するものであつて、売主たる上告人(被告、控訴人)は買主たる被上告人(原告、被控訴人)に対し時価の一割高の価格を申し出たのに対し、被上告人はその価格の不当なることを理由としてこれに応ぜず、価格の協議不調により売買が無効に帰したとして、先に交付した手附金四〇万円の返還を請求したものである。上告人は、被上告人が上告人の申し出た価格が高いというので、「イクラなら買つて貰えるか」と質問したにかかわらず、被上告人はただ高いから売買を止めるというのみで具体的な買受価格を明示せず、ついに本件請求をしたのであるから、その請求は失当であると争つたが、本件の一、二審とも、価格決定の協議不調である以上、その売買は不成立(一審)または無効(二審)であるとして被上告人の請求を容れ、本件上告判決もまた原審の判示(正確にいうと一審判示)を支持した。しかし本件各審のかかる態度は極めて不当であると思う。上告人の主張する如く、上告人が被上告人に対し「イクラなら買つて貰えるか」と質問したのに対し、被上告人が全然買受価格の申出をしないことが事実とすれば、被上告人は価格決定についての協議につき全く誠意を示さないことを裏書するものであり、未だ売買契約上の協議義務を尽したものといえない。自ら売買契約上の協議義務を尽さないで、その協議不調を名として契約の無効を主張するが如きは、信義の原則に反し許さるべきことではない(上告人は原審以来この点を主張している)。しかるに原審は何らこの点について判断を示すことなく、ただ被上告人が価格協定に応じなかつたからとて、これを理由として売買無効を主張することが信義則に違反するとはいえないとしたのであつて、この点において判断遺脱の違法があるといえないこともなく、この点を主張した上告を棄却した本件判決の判断は不当であると私は考える。

売買価格の協定が不能に帰した場合に、その売買契約が不成立なのか或いは無効なのかは疑がある。本件判決は、原判決は売買契約を不成立とした一審判決を引用していると述べてその判示を是認しているが、これは誤解であつて、原判決は売買契約を無効としているのである。

(長谷部調査官)

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